※この記事は2024年10月31日付ふくだたくまの同じタイトルの記事の一部を転載しました。
今回調べたこととわかったこと
- 函館地方法務局でコンピューター化に伴う閉鎖登記簿を取得した。
- 函館市の資産税担当窓口で聞き取りをした。
- 閉鎖登記簿から、高木薬品が建物を取得した年月日とその後の増築の内容がわかった。
- コンピューター化される前の課税台帳に「大正12年」という記録が残されていることがわかった。
- 記録の内容が正しければ、カルチャーセンター臥牛館は築100年を超えることになる。
築約90年であろうことまではわかっていた
前の所有者の富樫さんがすでに調べておられるので、昭和8年(1933年)にはすでに建物があって、翌年の函館大火を生き延びたのだろうということまではわかっていました。
参考 – 富樫さんの記事
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十字街 カルチャーセンター臥牛館リノベーション|合同会社富樫雅行建築設計事務所
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函館市〈カルチャーセンター臥牛館〉ビルオーナーとして建築家がまちに関わる|コロカル|マガジンハウス
閉鎖登記簿の謄本
コンピューター化された(建物の)全部事項証明書の調製が平成10年(1998年)なので、それ以前の事項を調べるために閉鎖登記簿の謄本を取得しました。
結果、昭和40年(1965年)以降の事情はわかったのですが、その前の記録が残されているかどうかはまだわかりません(いつか聞いてみます)。
最初の所有者と思われる大森海産店、そして北海道農業會、道南生産農業協同組合連合會という所有権移転の流れは追えませんでした。一方で高木薬品に関する所有権移転の日付がみつかりました。これで高木薬品→合併→商号変更→池見石油店へ所有権移転という流れがつながってすっきりしました。
参考 – 高木薬品とは
- 高木薬品(北海道)|ウィキペディア
増築に関する情報もあった
閉鎖登記簿には、昭和37年(1962年)と45年(1970年)の増築についての記載もありました。これはコンピューター化された証明書では、いまひとつよくわからなかった部分です。
床面積が途中で「平方メートルに書替」られたり、錯誤があったりするので、素人では確実なところを読み取ることができません。
およそ推測する範囲では、先の増築で3階建てが5階建てに。後の増築で倉庫部分(1階および2階)が横に増築されたようです。このあたりは、富樫さんほか関係者から教えてもらったとおりです。登記簿によって裏付けられたかたちになります。
税務室資産税担当
カルチャーセンター臥牛館は、固定資産税の課税対象物です。もしかしたら課税台帳に新築年に関するヒントがあるかもしれないと聞いていたので、この際調べてきました。
結果、コンピューター化される前の紙台帳の「建築年次」という欄に、「大正12年」(1923年)と「昭和37年」(1962年)が併記されていることがわかりました。当時の担当者にどのような根拠や理由があってそう記載したのか。今では知る由もありません。
仮に記載の内容が正しければ、2024年時点で、カルチャーセンター臥牛館はすくなくとも築101年の建物だということになります。
本に取り上げられました!
ところで、カルチャーセンター臥牛館が、角幸博建築監修、荒井宏明文・写真『北海道建築』、株式会社トゥーヴァージンズ、2024年初版、p66-67に取り上げられました!
時代背景を織り交ぜて、とても「おしゃれ」な記事にまとめてくださいました。手に取ってご覧ください。
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ちなみにウィキペディアによれば、大正12年はこのようなできごとがあったそうです。
- 6月26日 – 第1回ル・マン24時間レース開催
- 9月1日 – 関東大震災発生
- 10月16日 – ウォルト・ディズニー・カンパニー創立
- 11月8日 – アドルフ・ヒトラーの国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)などがミュンヘン一揆
